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安土桃山時代から江戸時代まで、日本は世界有数の銀産出国でした。その日本産の銀の大半は、産出量年間約1万貫(約38d)と推定される、島根県の石見銀山から産出された銀だったと言われています。
石見銀山は、鎌倉時代末期に周防の国守大内氏により発見されました。本格的な開発は、16世紀に博多の商人神屋寿禎により始められ、16世紀中頃から17世紀にかけて銀山としての最盛期を迎えました。
近代には銀の産出が減り、1923年(大正12年)に閉山となりましたが、開山時代から20世紀初頭にかけての多くの鉱山遺跡が良い状態で保存されていたため、1969年(昭和44年)に国指定史跡となりました。
銀山一帯には、寺社や民家も当時の状態で残り、この写真付き切手(Pスタンプ)において、往時の繁栄の跡を今に語りかけています
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