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江戸時代に八代将軍・徳川吉宗は、享保の改革のひとつとして飛鳥山を行楽地として開放し、さくらを1,270本植樹しました。
そこで、春は飛鳥山の花見、夏は滝浴み、秋は滝野川の紅葉狩りと、こぞって庶民は北区の地を訪れるようになります。その風景は、多くの錦絵や浮世絵となりました。
このフレーム切手(Pスタンプ)は、 江戸名所・飛鳥山花見乃図、古今東京名所・飛鳥山公園地王子製紙会社、江都名所・飛鳥山はな見、江戸近郊八景之内・飛鳥山暮雪、江戸高名会亭尽・王子、名所江戸百景・王子稲荷乃社、江戸自慢三十六興・飛鳥山投土器、東京名所四十八景・王子不動乃瀧、名所江戸百景・王子装束ゑの木大晦日の狐火、武蔵百景之内・王子瀧の川で、北区を舞台にした浮世絵です。
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